SSブログ

The Story of 100 dragons [空想冒険小説]

         


岸辺にて


1



星のない夜に、黒い大地から立ち上るような赤いオーロラが走り、数瞬夜空をいくつかに仕切った後、唐突に雪崩込む周囲の(やみわだ)に浸食されるように淡く消えてゆく。この世の終わりを知らせるかのように、この星の自然という自然が最後の力を振り絞って地上の、地下の、中空の生き物たちに「逃げよ」と告げている。「どこへ?」闇のあちこちから無数の怨嗟が立ちのぼるような声ににならない無数の音がごう、ごうと風のように舞っている。黒い闇は遙か空の高みからひび割れるような黄色の稲妻を生み、その黄色は空の黒ににじんだようにオレンジから赤へ揺らめいて変わる。

空の闇が凝ったように一点に(わだかま)り、そこから突然赤いオーロラが一気に吹き出し、夜空一面に走り抜けてゆく。その時赤々とその光を写し込んだ湖面が闇と水平線を分ける。広大な陸地と海のような広さの湖が数瞬顕わになる。

その岸辺...ぽつんと明かりがともっている。逃げ遅れた誰かが暖をとっているのか明かりはゆらゆらと揺れている。焚き火のようだ。男が一人湖面を背にして座っている。ほろ ほろと揺らめいていたオレンジ色の炎が、投げ入れられた木片を巻き込んで、ぼッと大きくなる。パチパチと辺り一面に細かな火の粉がはぜ、闇の中に光の壁が出来たようにぼうっと明るくなる。数瞬、たき火に当たっている男の顔がはっきりと見て取れた。やがて男以外は全て夜の漆黒に溶け込む。ただ一人の人間が暖をとるには大きすぎる焚き火ではある。

炎の照り返しの中に浮かんだ男の風貌が顕わになる。短く刈り上げた頭髪は白く、眉も、生え乱れた無精ひげも一本残らず白い。しかし、その男がかなりの年を経た人間であると見て取れる特徴は他に何もなかった。太い眉、根本の張った高い鼻に、無類の意志の強さを感じさせる力強く結ばれた唇。がっしりとした分厚い顎、太い首、肩の筋肉の盛り上がり、厚い胸板がゆるく呼吸している。巨大な2足獣の鞣し革でできていると思われる、ゆったりとした上着をふわりと羽織っている。立ち上がれば(ひぐま)を思わせる巨体である。しかし、その在りように暴力的な雰囲気はなく、巨大な一枚岩のように静かであり、圧倒的な質量でまわりの闇を押しのけている。

男は腰掛けている平らな岩の端からもう一本木片を取り出し、目の前のたき火に投げ込んだ。ぼん、と火の粉が舞い上がり、パチパチと木片がはぜ、男の逞しい体躯を闇に浮かび上がらせた。





「ブラムよ。我が友よ。」

その男のはるか頭上から、低く、厚く、なめらかなビロードの上を滑るような慈愛と温みに満ちた声が降りた。



男の太い眉が上がり、その逞しい顎が声に応じて暗い中空に向けて反る。男は無言で頭上を見上げた。


「悲しんでおるのか…」再び闇から声が降りた。ゆるりと闇に占める巨大な空気が右に移動し、左に移り、分厚い風となって男の前のたき火の炎を押さえつける。


「おいおいせっかく燃え始めたのに消えてしまうぞユリウス。」男の唇から低く落ち着いた太い声がした。それは意外なほどユーモラスな口調であった。


「おお、済まぬ。なに、消えたらまた儂がつけてやろう」


「何を言う、おぬしが吐く息で火を焚けばこの俺まで灰になるわ」


「はは。覚えておったか、もう何十年も前のことぞ」


「おう、忘れるものか。嵐の中、カンダと俺がようやく仕留めたたオスの灰色ウルカの大物を大騒ぎして捌き終わって、さあ塩もふって火にかけようとしたところで雨に湿った種火が細って火がつかなかったときだ。おぬしがやろうと言ったので俺は大声で止めたぞ。それを聞かずにいきなり息を吹きかけおって、ウルカを掲げていた兵士もろとも炭にしたではないか。」


「おうおう、そうであったな。手間を省いて儂が肉を焼いてやろうと思ってな。気を利かせたのよ。ちょっと強く吹きすぎたな。あの時は姫まで儂をにらみつけてえらい怒りようであった。」


男が見上げている星のない夜空がさらに漆黒の巨大な影に遮られ、その黒々とした異形が小刻みに震えたように見えた。


闇が笑ったようだった。


その影の上部に金緑色の深い光沢がある巨大なアーモンド形の切れ目が開き、二度三度と瞬いて消えた。


男とたき火を挟んで対座しているのは人ではなく、膨大な時の質量を感じさせる年を経た巨大な竜=ドラゴンであった。老いた巨大なドラゴンはユリウスと呼ばれ、男はブラムと呼ばれた。


その巨大な漆黒が大気を揺らせる度にたき火の炎が今にも消えそうに揺らめいたが、やがて深い沈黙の中に枯れ木のはぜる音が戻ると、男と巨竜のまわりにひっそりとしと夜がまわり込んだ。


「さっきの問の答えだがな…」男が分厚くどことなく人なつこい笑みを浮かべそうな唇を開いた。


「悲しんでいるわけではない。ただ、な…」


「うむ。」


「ただ、俺の守るべきものが、もうこの星には無うなったということかな。それが奇妙な気持ちにさせるのよ。」


「うむ。」闇の中で巨大な瞳が瞬いた。


「戦うたな。」


「うむ。お互いにな。」男が闇を見上げながら目で笑った。目尻に刻まれた深い皺が惚れ惚れとするほど達成感を感じさせる笑いであった。


「ところでな、ユリウスよ。おぬしと俺がこの星にあって、『妖女』との戦いで費やした歳月はおおかた100年にはなろうか。」


「うむ。だが儂よりもブラムよ、お主の方がずっと年を取ったぞ。その髪を見よ。ヘルベ山に降る白い炎の灰をかぶったようじゃ。」


「ふふん。分かっておるよ。おぬしらドラゴンの時間と我々『人』の生きる時間は違うのだ。生きる空間は共にあっても、この身に生じる時間の刻みは同じではないということだ。」


「うむ。よう生きたものよ。」


「そうだな。もうよいな。」


「うむ。もう良かろうよ。」


男が低くなった炎に薪をくべようと手探りで木片を掴んだ。それは思いの外に太く、鍛え上げた戦士の二の腕ほどの太さがあり、長さがある木であった。男は太く分厚い右手でその丸太を掴んだまま、左手の指で軽く木肌を弾いた。コンッ…という硬くよく乾いた音が闇を走った。


「よく乾いている。大気が枯れているようだ。」男は独り言のように呟きながら左手を丸太に添えると、まるで細い枯れ枝を折るように無造作にへし折った。尋常の膂力(りょりょく)ではない。男はこともなげに二つに折った丸太を目の前の炎の中に放り込むと、再び目の前の闇にわだかまる友に向かって言った。


「ところで、100年も共に生きながら今更聞くまでもないかと思っていたのだがな。」


「うむ。解るぞ友よ。『言葉』であろう。」


「そうだ。ユリウスよ。俺の心がおぬしに向いているときには俺の口が言葉を発する前に今のように既に言いたいことがおぬしに届いている。どうやらおぬしの言葉は俺の頭と心に直接聞こえるものらしい。」


「その通りじゃ」


「そうであれば友よ。おぬしの名である『ユリウス』を俺が口にするとき、おぬしにはどのように聞こえているのか、俺には判らんと言うことになる。」


「ほほう…。このような星の終わりにこのような星の果てに座して話すにはいかにも今更という疑問じゃな。」


「うむ。この100年それよりもはるかに気がかりなことにかまけておったのよ。」


「ブラムよ。お主ら『人』の舌と儂らの舌、お主ら『人』の喉の造りと儂らの喉の造り、これらは全く違う。本来ならば儂の本当の名はお主の喉と舌では正しい音にはならぬな。それは儂とて同じ事だ。お主の名はお主が声に出し、耳で聞いているようには儂には聞こえておらぬ。これは試しようがないて。儂の耳の造りとお主のそれとはまた全く異なる造りをしているようだ。だからなブラム。儂らは『人』と言葉を交わすときは直接その心に話しかけるのよ。もともと儂らはそのような意思の交わし方をしてきた生き物なのだ。」


「ふむ。」


「考えてもみよ。儂らが強く口を開けばその辺のものは皆吹き飛んでしまうぞ。儂らが『人』のよくやる口うるさい言い争いでもしようものならこの星はもっと早くに消し飛んでおるわ。」


「ふふ。要するに俺の名はおぬしが数多の『人』から俺を区別するため、俺の頭の中にある名の響きにつけた印にすぎぬと言うことか。おぬしのユリウスという名もまた『人』の喉と耳と舌を使って音に出来るものでそれらしく作った、おぬしを表す印にすぎぬということだな。」


「そのとうりだ。儂の名はおぬしの舌では上手く音に出来ぬ。おぬしの頭の中へ儂が放った儂の名がおぬしの舌で作れる音に変わっているのだよ。これは名だけに限らぬ。おぬしが儂と共に見ることの出来る万物に言える事じゃて。」


「なるほどな。心を閉じた者にはお主の言葉はただ雷のような轟きに聞こえると言うことか。それに乗せられた心の言葉は届かぬと言うことだな。」


「その通りだ友よ。だがな、『人』と精神(こころ)で交わす言葉は時として儂らに大きな痛手を与えることがあるのだ。『人』は儂らと比べればあまりにも姿が小さく脆い生き物が多いが、憎しみや悲しみや諸々の負の思念は、我々の精神(こころ)の器を時としてはるかに凌ぎ、儂らのこころに取り返しのつかぬ傷を与えることがあるのだ。精神(こころ)に傷を受けて病んだドラゴンはどうなる?」


「マドゥウカか?」


「そうじゃ。黒きドラゴンはそうして出現する。やつらは凶兆になりたくてなったわけではない。元はといえば、どのような人間にも等しく精神を感応させる優しい心根をもっていたばかりに病んでしまったのじゃ。」


「…悲しい話だ。ユリウスよ。お主はこころを傷ついたことはないのか?」


「うむ。儂が『人』の中で選んでこころを開く者はおぬしが人同士で交わす者達よりもはるかに少ない。例えば友よ。おぬしのように馬鹿話をするほどこころを交わせる者は希有の存在じゃ。」


「誉めておるのか?」


「誉めておるのよ。」


「わははははは。」男は深く刻まれた眉間の皺と太い眉根をひろびろと広げて大きな笑い声を発てた。


「100年の疑問が解けたわ。思っていたとおりであった。」


男がなおも愉快そうに笑う。反り返った逞しい顎先が元に戻ったとき、男の眉と目には深い憂愁と決然とした行動の予感が漂っていた。


(続く)


 


 


 


 


nice!(2)  コメント(2)  トラックバック(0) 

nice! 2

コメント 2

トリーバーチ 靴

公衆に知られているものトリーバーチ 靴,美しい シャネル 靴,同じです。トリーバーチ ブーツ ムートン,また、彼らは群衆の焦点となって、トリーバーチあなたが冬の寒さで輝かせることができる、あなたのそれぞれは、メイめいをしている価値がある。
トリーバーチ 靴
http://www.syuzu.com/ シャネル 靴
http://www.syuzu.com/ トリーバーチ ブーツ ムートン
http://www.syuzu.com/ トリーバーチ
http://www.syuzu.com/tory-burch-purses/ トリーバーチ 長財布
http://www.syuzu.com/tory-burch-bag/ トリーバーチ バッグ
http://www.go-boots.com/ UGG ブーツ
http://www.go-boots.com/ugg-kids-boots-store-15.html キッズ ブーツ
http://www.go-boots.com/tory-burch-boot-store-16.html トリーバーチ ブーツ
http://www.go-boots.com/ugg-classic-mini-boots-store-14.html UGG クラシックミニ 正規品
http://www.toribati.com/ トリーバーチ ブーツ 新作
by トリーバーチ 靴 (2011-11-05 16:31) 

アグブーツ

とにかくほんとに勉強になりました^^
この表と論文、ただただ感銘しました!!
よくまとまってて面白かったです^^
by アグブーツ (2011-11-06 13:46) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。