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海の遊び [One's Boyhood story]

広げた両腕に日暮れの緩い風を感じた。
海面は鏡のようで細かい夕日の朱色を幾重にも重ねてさざめいていた。
ボクは魅入られたようにその鏡を見ながら、一瞬のスピードで着水した。


外海に面した岩場からボク達の夏休みは始まり、スニーカーを履いたまま日が暮れるまでサザエや、大人の拳よりも大きいカラス貝(上品に言えばムール貝の一種)やトコブシやアワビを潜水して採り、岩の間のタコや、魚を銛で突いた。
火をおこし、そのまま獲物を放り込む。焼き網なんか使わない。
強くなってくる磯の匂いをかぎながら、にぎりめしを片手に貝や魚が焼けるのを待った。
スニーカーなしで潜ると岩場の牡蠣で足を切る。海底の岩場にびっしりと付いたウニの棘が足に刺さる。
でも、海で傷ついても痛みがないのは海水で雑菌がいないからなのか。
擦り傷を負っても沁みたことがなかった。
ギリギリまで素潜りし、軽い酸欠になっているのか少しこめかみあたりがズキズキするけれど、だれも痛みより鋭い開放感にそんなこと口にも出さない。
ボクラは小学生からお兄ちゃんといわれる年齢になっていた。
彼らの分も魚や貝を捕り、彼らの採りやすい岩場のトコブシや巻き貝を残した。
一番高い岩場には松の木が生え、その先端から下を覗くと澄んだ水は海底の岩場を何の粗雑物もなく青一色で見せつける。
膝の上を冷たい風が触れてゆくようだった。
ボクらお兄ちゃんはその一番高いところから、小学生が見守る中何度も何度も次々と飛び降りた。


その日最後の飛び込みをボクは頭から行こうと決めていた。

高い岩場の上から頭から飛び込むときは下を見ない。深呼吸もしない。『怖いと思う前に跳べ』
ボクらが年上から習ったやり方だった。
岩場の上に立つと、真正面にオレンジ色の夕日が当たり、すぐに水滴の乾いた体に涼しい風が吹き付ける。
水面と冷たさが一瞬頭をよぎり、のぞき込みそうになる衝動を抑えて、ボクは夕日の向こうの水平線を見ながら岩を蹴った。
両手を広げ、ゆっくり落下しながら耳を両二の腕で挟み付け、突き指しないように、こぶしを握った。頭から…と思った瞬間にボクは水面の夕日の反射とさざめく薄い波の重なりを見てしまった。
華のように繊細で蜂蜜ゼリーのように陽の光を混ぜ込んだ海面は、すばらしく綺麗で、そして鉄板のように硬かった。


「だいじょうぶ?」
かわるがわるのぞき込む友達に返事をしようと口を開けたけれど、声が出なかった。
海面を見ながら落下したボクは顔面を思い切り堅い板に叩きつけたと同じように腫れ上がり、酷い有様だった。
友だちも、小学生達も、誰一人ボクを笑わなかった。ボクらはできなかったことに一歩足を踏み出した勇気を絶対に笑わない。
「大丈夫だよ。」
ボクは鼻に詰められていたティッシュに付いた血を見ながら弱々しく笑った。
悔しそうに、でも、満足していた。


幸い首には異常はなく、ボクは一方的に殴られ続けたスパーリングパートナーみたいな顔で母を驚かせ、父を大笑いさせた。
ボクの飼っていた犬は飼い主の変わり果てた顔つきに心配そうに様子を窺い、縁側に座り込んだボクの足を舐めていた。
うつむいて犬を見ようとしたら、くすぐったさと、引きつる顔の痛さに涙がこぼれた。
翌朝、友達は昨日の出来事などすっかり忘れたかのように、当たり前に朝っぱらから海に行こうと誘いに来る。
ボクはやっぱり昨日のことは少し収まった顔の腫れ具合で覚えているけれど、頭の中に描いている今日だけのすてきな一日が全身を支配していて、友達の呼ぶ声に家を飛び出してゆく。
ボク達は頭の先から爪の先まで、子供の夢がみっしりと詰まった体をゴムまりのように跳ねて駆けだしていった。



 


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