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イタチの最後っ屁 [One's Boyhood story]

 僕の住んでいる海辺のS市にはその海岸に流れ込むS川があり、真夏に河口には時々鮫が上がってきて川遊びの小中学生を脅かすことがある。
水は綺麗に澄み、鮎や鰻がとれる川で、ボクが子供時代には河口に近い川辺には細かな砂の部分があり、朝早く自分でしかけた鰻用の捕獲器をあげに行くと、その砂の上にカワウソの足跡らしきものが堤防を越えていったと思われるように付いていたりした。
現在のS市はボクが子供の頃、もうそれらしき足跡しか見たことのなかった、ほとんど露出度ゼロの日本カワウソをシンボルマークにして『カワウソの住む町』とかいうキャッチフレーズを作り、シンボルマークまでカワウソを使用している。
 情けないことだが、さしたる産業のない我が町では、それも致し方のないことだと思うけれど、なら、ひょっとしたら住んでいるのかも…と思わせるような河川治水をやればいいと思うんだけど、護岸工事と称してどんどん川の流れを真っ直ぐにしていって天から恥じ入ることがない。
そんなS川の堤防の岸辺にまだ多くの自然の竹林が残り、柳の木やヨモギが生い茂っていた頃。
岸近くの川の底には細かい泥土が素足に吸い付き、もうもうとあがる泥には何の匂いもなく、水に潜ると枯れた竹の枝の間から両手を大きく広げ、警戒と不満を全身で表した大きな手長エビが何匹も挑戦的な態度で逃げもせず、こちらの様子を窺っていた。
ボクは夏休みが終わっても、犬を連れて日が落ちるまで、川底に石を足でひっくり返して川エビ鰻を捕っていた。
 河口から3キロほど上流の2つ目の石橋の下に自転車で降りゆき、そこからザンブと犬もろとも川に飛び込んだ。
さすがに真夏とは違う水温だけれど、鮎のはみ跡(鮎は石に生える垢茶色のコケを口で削って食べるのだけれど、その削った跡が「ハの字」型に残っているのです。)の残るコケで滑る川底の石の上を水中眼鏡をかけ、水中をのぞきながら上流に向かって歩く。
時折、水中から顔を上げ、辺りを見回して犬を探すと、彼女は時には川岸を疾走し、時には乾いたコンクリートの破片の上で寝転がり、時にはボクの体に擦り寄って泳いでいたりした。
少しあたりが暗くなり始め、水の冷たさが心なしか強くなった頃、ボクの片手には大きな手長エビの詰まった袋が握られていた。
『もういいか、帰ろうよ…』と犬に呼びかけるつもりで辺りを見回したが、どこにも姿が見えない。
ボクは彼女(犬)を呼びながら反対側の岸に上がろうとしたが、対岸の竹林でザザッ、ザザッ…という葉ずれの音がし、聞き覚えのある犬の興奮した息づかいが聞こえていた。
目をこらして林の中を見ると、私の犬は何かを全速力で旋回しながら追いかけている。
一瞬ボクは野ウサギでも追いかけているのかとも思った。
でも、その近くでウサギを見たことはさすがになかったので、ネズミか何かじゃないかと考えた。
ボクは犬の名前を呼びながら片手にエビの詰まった袋を持ち、もう片手に小さな小魚用の突き鉄砲を掲げ、彼女が何かを追いかけている岸部の林の法に川を渡ろうと引き返した。
その時赤茶色の痩せて足の短い猫のような動物が白い護岸のコンクリートを斜めに駆け上がった。
続いて私の犬が同じコースを全速で駆け上がり、もうすぐ追いつく、というところで、鮮やかに反転され、バランスを失ってズルズルとコンクリートの下方まで滑り落ちた。
それでも、彼女は諦めず、体勢を立て直すとその動物が逃げ込んだ竹林に突入していった。
しばらくすると「ヒャン.............」という悲しげな彼女の泣き声がした。
闘争と追跡が狭い場所で何度も旋回して行われている葉ずれと小枝の折れる音が不意に止んだ。
数瞬後、突入した方向とは反対の方角から一匹の獣が音も立てすしなやかに身をくねらせながら太く長い尾をたゆたせて白い護岸の壁を駆け上がり、向こう側のトウモロコシ畑に消えていった。
それはイタチだった。
ひぐらしの鳴く夕暮れの川縁の沈黙が続き、ボクは不安になって犬の名前を呼びながら竹林へと入っていった。
そこには大きく腹を喘がせながら横倒しに倒れて荒い息を吐いているボクの犬がいた。
ボクの呼ぶ声に耳をぴくりと反応させたが、頭を起こそうとしてまたパタリ…と倒れた。
あたりは何とも言えない生臭い匂いがして、特に彼女の胸のふさふさした白く少しウエーブがかかった毛の辺りは凄い匂いだった。
ボクは、ぐったりとしたままの犬を抱え上げ、川の中に入り、彼女の体毛を何度も濯いだが、匂いはなかなか消えなかった。
彼女は弱々しく私の腕の中で水を掻くように前脚を揺らしながら、私を見上げた。
「やられたぁ…」とでも言いたげ情けなげで、頼りなげな目つきだった。
 彼女は匂いがとれるまで約1週間座敷には上げてもらえなかった。
物の本によるとイタチ科の動物は肛門腺に臭腺をもっており、種類によって濃い薄いの差はあるが、犬などにとっては吹きかけられると大変なことになるらしい。
ボクの犬はその最後っ屁というやつをイタチを捕まえる寸前に発射されたのだ。
聞くところによるとカワウソもイタチ科であり、小さいときは正にイタチで、子供は母親に泳ぎを教わらないとただの水かきのあるイタチだそうだ。
我が町のシンボルは偶然水の中に浸かっていた、あの日ボクの犬と戦って勝利したようなイタチではないんだろうか。
カワウソが最後っ屁をするかどうか、ボクはこの年になるまで聞いたことがない。


我が町のシンボルマーク     


 








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