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犬の浅知恵 [One's Boyhood story]

 港に近いボクの実家は海にも近いけれど、家のすぐ後ろが山である。
山の中腹には広場があり、昔砲台があった跡がある。
その関係で家の裏手には石垣が組んであり、そこには陸ガニやアオダイショウや、野生化した子供達が毎日ドキドキするような遊びの素が詰まっていた。
ボクの相棒の犬は小さいときから野生のじゃじゃ馬で、まだ子犬の時、海に近いボクの家の庭に時折侵入する赤い陸ガニを相手に遊んでいて、二三度あしらいに失敗し、思いっきり鼻先を挟まれたことがある。


彼女はそれに懲りて何度か試行錯誤の末に陸ガニのやっつけ方を編み出していた。
まず、用心深くカニの周りを回りながら、前脚で素早く張り飛ばす。
その時カニが運良く裏返しにならなければ裏返しになるまでしつこく張り飛ばしを繰り返す。
そして、一旦カニが裏返しになったら、すかさず、彼女もカニの上に裏返ります。
そして激しく仰向けのまま、背中を激しくツイストさせ、カニを圧殺するのだ。


この裏がえるタイミングがずれるとカニは背中ではなく彼女の耳や尻尾の近くで起きあがり、悲劇が起こった。
それでも、何度かやっているうちに、百発百中の精度となり。カニ殺しの必殺技は完成した。
彼女は散歩中でもカニを見つけると脱兎の勢いで駆け寄り、前脚で怒ってはさみを振り上げるカニを張り飛ばし、素早くコンクリートの上に背中で圧殺していた。得意げだった。


ところが彼女がやはり犬の浅知恵を露見することになるのだった。
ある夏の日、ボクやボクの仲間について陸伝いの磯に遊びに行ったときだった。
友人がアワビを岩の隙間から引きはがすときの細い金具を使って「チカラガニ」と呼ばれるワタリガニの一種の子供をつかまえた。
「チカラガニ」はハサミが異様に大きく強く、くすんだ深緑色の甲羅を持つ地味な色合いの海ガニだが、茹でるとまっ赤になり、身は締まっていてとてもおいしい。
子供とはいえ、岩の隙間にへばりついたそいつを捕るのに友人は相当苦労したようだった。
それは中学1年生の普通の男の子の掌ほどのサイズで、はさみは危険な大きさに育っていたが、友人と格闘する間に、右の爪がもげ、はさみは左だけになっていたので、何の気なしに友人は、砂浜にポイ…とそのカニを投げたのだった。
めざとくそれを見つけたボクの犬は、素早く駆け寄ると、その大きさに一瞬たじろいだ様子だったが、好奇心に激しく尻尾をふりながら、いつものように攻撃を始めたのだった。
右のハサミがないので彼女の攻撃はかなり有効で、何度か前脚で張り飛ばしているうちに、とうとう「チカラガニ」は裏返ったのだった。
「チャンス!」とばかり彼女は裏返ったカニの上に自分の全体重をかけて仰向けに倒れ込み背中を激しくツイストさせようとした。
その瞬間…ぎゃん…という甲高い悲鳴を上げ、私の犬は飛び上がり、何度も何度も背中を砂にこすりつけようと試み、そこら中を走り回って苦痛を訴えた。
よく見ると関節からもげた左のハサミが彼女の背中にがっちりと食い込んでいる。
そうです。砂はコンクリートよりもはるかに柔らかく、彼女が体重をかけてもカニは潰れないばかりか、砂にめり込んだ状態でいい具合に背中があるのですからカニは思いっきり彼女の背中の肉をはさみで夾みつけたのだった。
ボクは走り回る彼女をつかまえ、背中からハサミを外しましたが、皮膚だけではなく、肉まで食い込んでおり、裂け目から血が流れている状態だった。


「この犬はおもしろいね。フツーの病気で、ここに来たことがないね。」
近所の獣医さんはそういいながら何針か傷口を縫ってくれました。
彼女のふさふさした毛は丸く刈り取られ、黄色い薬品をぬられ、大きなガーゼのような絆創膏を貼られていた。
以来彼女はカニを見ても闘争意欲を削がれてしまったかのように無関心になってしまったように装っていた。
犬にプライドがあるかはわかりませんが、相当傷ついたんだろうか。
何日かして縁側近くの犬走で寝転がっている彼女の前を一匹の紅い陸蟹がじわじわと横切っていったときだった。
彼女は頭を起こし、「どうしようかな…」という風な思案の目つきだったが、ボクと目が合うと両前脚で鼻面を隠すような動作をし、二三度尻尾をパタパタさせてからまたごろりと横になってしまったのを覚えている。
犬は飼い主に似るんです。


 












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こいし

こんにちは♪
もう☆ほんとに楽しく読ませていただきました♪
目の前にスクリーンになって情景が浮かんでくるようで、毛の色とか表情とかリアルに想像してしまいました。
(たぶん現実とはだいぶ離れているでしょうけれど)
by こいし (2007-09-14 00:23) 

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