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息子の爆発 [One's Boyhood story]

 


ボクの子供の頃の話をすると、ボクの長男はコント仕立ての与太話を聞いているように笑う。
彼は確かに典型的な今の子供で、危ないこともやらなかったし、他人に厳しく自分に甘い典型的な高校生である。
ボクのしてきたいたずらの数々、ボクの子供時代は作り話のようにきこえるのだろう。
でも、彼にも一度野生の兆しが見えたことがあった。
まだ、今の家に引っ越す前、家のすぐ近くに教員住宅があり、その駐車場でボクは小学生になったばかりの彼にサッカーボールを与えて遊んでいた。
その日は彼の友達がきて外で遊ぶと言ってその駐車場に入っていた。
昼飯時なのに、帰りが遅いので迎えに行ったら、驚いたことに灰色のコンクリートが白とベージュに染まっているではないか。
ボクはその流れの源であるランドクルーザーの間に入って行くと、そこに全身泥まみれのボクの息子がいた。
「何してるんだ?」と尋ねると。
彼はよほど熱中しているらしく、こっちを振り返らずに
「お好み焼きをつくっているんだ」との返答。
「材料は何」だと聞いたら、
「これだよ」と言って小さな手に掴んで見せた。それは半練りのカーワックスであった。
見ると、そこには先生方が車に使用する為のワックスやオイルを保管する緑色のボックスが蓋を開けっ放しにして、中身をほとんどぶちまけた状態で転がっていた。
彼の芸術の爆発はボクの想像をはるかに超えていて、ボクは不意打ちを食らってそこに立ちつくした。
「友達は?どうした?」
聞くと、帰ったとの返答。
友達は逃げたのだった。
ボクの息子をいたずらに誘ったのはいいが、息子のあまりの沸騰ぶりと熱中ぶりに怖じ気づき、頓ずらしたのだった。
(するわな、これじゃ…)
左右の車はベージュ色もワックスとミルク色の固形ワックスをオイルで練ったらしい凄絶な粘土でぐちゃぐちゃの状態で、オイルは蓋を開けたままひっくり返り、コンクリートを流れ、畑の手前の溝に流れ込んでいた。
「…凄ぇ…」ボクの素直な感想だった。
ボクはサンダル履きのままだったので、家にとって返し、長靴を片手に妻を呼んだ。
「あーら、…」妻も絶句したが、あまりの見事さに思わず笑ってしまった。
半練りワックスが2缶、液状のコート液が数本。オイル一缶バッテリー用蒸留水数本、スポンジ、ブラシ等々全滅である。
「面白かったろ?」と聞いたら「…ろ?」が終わらない位の速さで深々と頷き、にっこり笑って半練りワックスが袖にべとべとについている両手を擦りあわせて、まだ続けるような素振りを見せた。
慌ててボクは息子を抱え、風呂場に直行させ、まず、ホースを引いてきてコンクリートを洗い流し、車を拭いた。
タイヤまで洗うのにたっぷり3時間かかったたろうか。
車の持ち主の先生方は、置きっぱなしにしていた自分たちも悪かったと言ってくれたが、ボクは平謝りに謝り、1万数千円かけて、駄目にした品物を返した。
遊び疲れて寝てしまった息子を寝かしつけてリビングテーブルに座り、一息ついていると、どうしても口元が緩んでくる。
自分が笑いだそうとするのをこらえているのがよくわかった。
「やるもんね。」
妻が言った。
「『岳物語』みたいだな。」

岳物語 (集英社文庫)

岳物語 (集英社文庫)

  • 作者: 椎名 誠
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 1989/09
  • メディア: 文庫


自分の息子にも立派に原始の子供のエネルギーが眠っていたことにボクは安堵し、感心した。
子供達は今も昔も同じなのだ。
持っている熱を小さな体を突き上げてくる白熱した好奇の衝動を開放する場所がないだけなのだと、ボクは今更ながらに思い知った。
もしもその頃、ボクが目にしていた身近な自然が彼の目の前にあれば、彼は間違いなくボクと同じように野山を駆け回ったことだろう。
もっとわかりやすく育ったかも知れないなと今は思っている。

 
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