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父が泳いだ夜 [One's Boyhood story]

「ひどい目にあったぞ」
父が11時頃帰宅し、釣道具を仕舞いながら母に言った。
ボクは起きて待っていて、夜釣りに行った彼が釣ってきた獲物を見るのを楽しみにしていた。
しかし、その夜の彼は堤防で釣をしていて誤って海に落ちたとのことで釣どころではなかったらしい。
夏とはいえ、ずぶ濡れであった。
夜釣りで昼間より大型のクエを堤防から釣るつもりだった父は何匹か外道を釣り上げてから、ヌルつく手を洗う為に、外海に面した堤防から、船着き場になっている堤防の内側にあるいくつかの海面に近い階段を下におり、浮き上がってくる海面に身をかがめたとき、足を滑らしたとのことであった。


その日の釣について行くと言って聞かなかったボクを出し抜き、さすがに雰囲気を察知して行く気満々のボクの犬はごまかすことが出来ずに連れて行った。
ボクも父も釣にだけは犬を連れて行きたくなかった。
何故かというと、これが何回言って聞かせても懲りないのだが、つまり、釣れてしまうのである。
魚ではなく、犬がである。
漁港で暮らしているせいか、彼女は子犬の頃から鰻やナマズなんかの蒲焼きだけではなく、エビやアジが大好物であった。
クエ釣りは新鮮なアジの輪切りや1日お酒に漬け込んだ干しイカを使うため、でかい釣り針にそいつを付けて投げ釣りの為に竿を構えると、後でアジやイカの切り身が彼女の鼻先でゆらゆらすることになる。
何度も痛い目に遭っているにもかかわらず、必ず食いつくのである。
まるで食いがたっているブラックバスみたいだ。
で、父やボクはその度に釣を中断し、表通りに近い獣医のところへ駆け込むのだった。
先生は「まともな病気で連れてこい」とよくボクにいったものだった。
で、その夜、父は彼女が釣れないように堤防に突き刺してある舫綱用の丸太に彼女をくくりつけていたそうだ。
ところが彼女は父の一挙手一投足を観察している為、背後でザブンと音がしたことで、父の身に異変が起きたのを察知し、丸太を浅い穴から引き抜いてガラガラ引きずったまま、父が落ちた内海をのぞき込んだそうだ。
下にいる父は自分一人なら何とか寄せ波に乗って岸壁の階段にとりついて、陸に上がることが出来ると判断していたが、父のピンチに決然として飛び込んでくる気配の丸太を引きずったままの犬に慌てたという。
そのまま飛び込まれたら丸太が自分の上に落ちてくるだけでなく、犬を抱え上げることは出来ない。
そこで、父は10時頃からたっぷり40分ほど、彼女を安心させる為に、名前を呼びながらそこら辺を泳ぎ回っていかにも好きで泳いでいるように振る舞ったのだという。
いい加減泳ぎ回った後、ようやく納得した犬が堤防の端からのぞき込むのをやめた為、何とか陸に上がったそうだ。
ずぶ濡れになって陸に上がると、用意していたアジの切り身はほとんど彼女が平らげてしまっていたんだと。
「風呂だ、風呂、風呂」といって父は縁側からそのまま上に上がり、炊事場を通って風呂場に入った。
ボクは覚えていないが、その時「ボクを置いていくからだ。ボクがいたら犬は飛び込んだりしないのに」と言って、ずっと犬の頭を撫でていたそうだ。
きっと、「よくやったと誉めていたんだと思う。」
以来、父は夜釣りに出かける前は必ずこのために作ったはめ込み式の戸板を犬小屋の入り口にはめ込んで犬を閉じこめてから出かけるようになった。
父が出かけるとボクは小屋から彼女を解放し、夕暮れの裏山に犬と駆け上がっていった。
小学5年のボクは一気に駆け上がる坂道に今のボクように息が切れることもなく、夕方の6時を知らせる市役所のサイレンにあわせて遠吠えする犬を見ながら来年になったらボクも夜釣りに行けると、期待に膨らんだ頭に広がる夜の海に何匹かの大きな獲物をみていた。


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コメント 1

こいし

こんにちは♪
とりあえず、犬とお父様がご無事で何よりです。
これが、別の場合なら勇敢なわんちゃんとして褒め称えられたでしょう、と思うと、ちょっとわんちゃんがお気の毒。
でも、お腹いっぱい大好きなアジが食べられてしあわせだったのかな?
by こいし (2007-11-21 21:10) 

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