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シャイン [映画-音楽]

破壊された魂のピアノ

かつてピアニスト中村紘子は自分の著書の中で、「ピアニストはプロレスラーのような逞しい肩を持っている」と書いていた。
その時、デヴィッド・ヘルフゴッドにはその肩がなかった。
モンスターをねじ伏せる逞しさがなかったのか、血は沸騰し、全てをやり遂げた瞬間に彼は一度神のもとに帰った。
残ったものはかつて彼が自我を押し殺した中で分離してしまったもう1人の純真。
ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第3番、第1楽章のカデンツァ。

独立した二つのメロディが高度な和音から立ち上がり駆け抜けて行く。音楽の閃光の中を、メカニカルであることをゆるさない断固とした血の暖かさを持って鳴って行く。
彼の人生はコンペティションの嵐のようなブラヴォーの中で、一度死んでから始まった。
映画の中の彼は華奢だった少年の大曲を弾ききるだけの体力がなかった頃より、遙かに逞しい肩をしていた。
音楽映画が持っている解説的な一面を飛び越えて、この映画は魂と肉体の大きなズレの間に覗く形のない『音楽』という『存在』に満たされた1人の人間の奇跡を描いている。
俗っぽくはあるけれど、決して的を外してはいない。
音楽が壊した精神は、より高次な音楽への渇望が修復して行く。
まるで自然の中にあるものがそれぞれ音を持つように、デヴィッド・セイヴゴッドは作為のない音になる。
ラフマニノフが好きでなければ、多分ボクはこの映画を観なかったろうし、今もう一度観かえしたりはしなかったろう。
映画の中の演奏はほとんどが本人のものであるという。
あの、悪魔的なカデンツアの導入の和音の閉じた響き。
久しく聴かなかった明確でいて厚く、底のない打鍵。
懊悩や粗雑のなくなった生粋の魂が音楽と直結した人間の純粋さが見えた。


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