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呟きと熱情 [音楽]

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木訥として呟かれるオブリガード
数百年前の乾いた板を共鳴させ、温もりのあるバリトンがうねる。
ロマンティックだけれど、過度な湿り気も粘りもない。
想像と霊感との間に距離があり、作曲にかけた時間が音楽の表面に貼り付いた情念を剥がしていったのか。
ヒロイック。何かのロマンに触発されたのか。
ブラームスには自分自身の批判的な作品への省察によって破棄したチェロソナタが2曲ある。
ホ短調作品38にはその2曲の中の2番目の作品の緩徐楽章が用いられる筈だった。
多分第2楽章アレグロ・クワジ・メヌエットの後にアダージオとして。
でも結局ブラームスはそれをせず、ベートーヴェン的な3楽章形式の作品に仕上げた。
それがどんな音楽だったのか聴いてみたい気もするけれど、ブラームスのアダージオはあんまり成功したものがない。
彼の緩徐楽章はピアノ曲を除いてよく歌う。
この第1番のチェロソナタはヒロイックな第1楽章に小さなメヌエットを挟んでバッハに回帰している。
柔美な旋律は入る余地がないような気もする。
その時のブラームスの気分はチェロソナタを一気に書き上げるような気分ではなかったのだろうね。
ブラームスという作曲家はその時々に残す作品が、その時々の作曲家の心象を想起させるという点でバカがつくほど真っ直ぐである。
既に彼の気持ちは半分以上ドイツ・レクイエムに行っていて、ほんとに力が入っているのは第1楽章だけだ。
第3楽章のフーガは素敵だけれど、主題そのものが既に沢山のものを言っている。
フーガの技法のコントラプンクトゥス13。
自由なフーガを作る才能はベートーヴェンに勝る。
ただ、ベートーヴェンの荒い木彫りの彫像のようなフーガにある物質的な感動を受けることはないが…
第1楽章のチェロに耳を塞いでピアノの音を追ってみる。
楽譜で音を選別するイメージを正確に掴むほどボクは立派な頭をしていない。
そのかわり、シナスタジア(共感覚)ではないけれど、集中すれば伴奏のピアノだけを音楽の絡まる重奏の中から浮き上がらせて聴くことができる。何度も何度も同じ演奏を聴いてると誰でもできるんだけどね。
第1楽章の主題と主題の間に入りチェロを縁取るピアノは、木訥として呟かれるブラームスのバラードのように聞こえる。ていうか、もっと大きな耳で14の心を持って、つまり聴くんだね。
そんなふうに聴いていると、ボクはデュ=プレのチェロが好きで選んだのだけれど、夫君はそのチェロを引き立てる伴奏役に徹しているのがよくわかる。
協奏的なパッセージに先を見通してしまったような抑制がある。
そこが不満なのかなあ…
伴奏者としてのバレンボイムは多分デュ=プレのチェロを聴いて欲しいんだろうけど、このジジイみたいな変な利き方するやつがいないわけじゃない。

アレグロ・ノン・トロッポ チェロは夫君と作曲者双方に共感しながらも、次第に自分だけの響きの中に没我し重く澄んだ水面から樹杭のように佇んでいる。水底を爪先爪先に感じたところで
彼女のパトスは作曲者の引いたレールに沿いながらも螺旋を描きながら浮上し、低いチェロの音色は底から離れ、震えながら上昇する。
調和は激しさの中で守られ、アレグロ・クワジ・メヌエットの軽いつま弾きの微笑みを迎える。
その後にどんなアダージオが置かれようとしたのだろう。
聴いてみたいような、がっかりしたくないような…
最後のアレエグロは自由なフーガ。主題はバッハ。聴けばそれとわかる崩しようのない構成感。
霊感が足りなかったのか、気もそぞろだったのか、それでもこの楽章には見せられる。ピアノが導くフーガにチェロが足跡をあわせてゆく。そこからブラームスの自由な閃きが始まる。ピアノはここではバッハの森の『ミチオシエ』のように軽く飛翔しながら振り返ってはまた飛ぶ。

第1楽章 アレグロ ノン トロッポ
第2楽章 アレグロ クワジ メヌエット
第3楽章 アレグロ

ブラームス/チェロソナタ第1番ホ短調op.38


Cello Sonatas 1 & 2

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  • アーティスト: Johannes Brahms,Rudolf Serkin
  • 出版社/メーカー: Deutsche Grammophon
  • 発売日: 1984/08/08
  • メディア: CD

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  • 出版社/メーカー: EMI Classics
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Brahms: Sonatas for Cello and Piano

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呟きと熱情
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