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室内楽の宇宙-演奏の行き着けぬ場所 [音楽]

バルトーク/無伴奏ヴァイオリンソナタSz.117


1940年10月のアメリカ合衆国への亡命後、バルトークは約3年間全く作曲をしなかった。
当然無収入で、その間経済的にも精神的にも苦しい日々を送っていた。
様々な人々が彼の困窮を救おうとしたが、誇り高いバルトークはいかなる場合でも善意を受け付けなかった。
そこでボストン交響楽団の音楽監督であったクーセヴィツキはバルトークに作曲の対価として委嘱料を払うことで彼の困窮を救おうとした。


クーセヴィツキはこの時でさえ、バルトークに対して委嘱料の半金を前金として受け取らねばならぬことが法律的に必要であると主張し、一部の金をすぐさま受け取ることを強制せねばならなかったという。
しかしこの申し出により、バルトークは創作への意欲をようやくにして取り戻した。
それが名作オケ・コン(オーケストラのための協奏曲)と呼ばれる傑作である。
そしてもう一つの傑作が同様の依頼によってこの世に生まれた。
それがユーディ・メニューインのために書かれた無伴奏ヴァイオリンソナタである。
1943年の秋、ヴァイオリンソナタ第1番を彼の前で弾く機会を得たメニューインは第1楽章の終わりに「作曲家の死後ずっと後にならないとこんな風には演奏できないと思っていた」とバルトーク自身に言わしめるほど絶賛された。
それが彼とバルトークの友情の始まりでもあった。
その時、メニューインは白血病のため余命幾ばくもないバルトークに対し、自分のために曲を書いてくれないかと依頼したのだという。
「仕事をするのでなければ彼はお金を受け取ってくれないことを知っていたし、病によってもう残された時間が少ないことも知っていた」メニューインは、独奏ソナタを提案した。
それがこの、後世に残るべき名作である。
友情によって生まれた驚嘆すべき作品である。
全く何という難曲だろうか。
伝統的な書法や奏法にとらわれない作曲方法が随所に試みられており、新しい奏法と音楽の可能性を生み出した作品となっている。
そこには現代音楽が切り捨てた聴衆に対して、奏者を介してもう一度啓蒙しようとさえ思える姿勢がある。
第1楽章のテンポ・デ・シャコンヌ(バッハのシャコンヌのテンポで)と示された冒頭の何という旋律線か。
 2丁のヴァイオリンが対話しているように旋律は分離し、一聴して大変な難曲であるとわかる。
 シャコンヌではないのだが、頭の中にバッハのあの厳しくも美しい旋律を描きながらこの楽章を聴くのだ。
 聴衆はそこに自分が既に持っている音楽の鍵でこの新しい扉を開けることになる。
第2楽章のフーガは短く荒ぶる。
 バルトークの打楽器の起用に見られる点の音楽が聞こえる。
第3楽章はメロディアと題されたアダージオ。
 この楽章の瞑想をまだどのヴァイオリニストもピアノ協奏曲第3番の第2楽章の深みにもって行けないでいる。
 曲は演奏者にまだ底を見せていない。
第4楽章プレストはロンド形式。
無窮動的な舞曲の主題と静かな主題の交差するフィナーレ。
ボクは長いスランプから脱した後のメニューインの演奏を学生時代に昭和女子大瞳記念講堂で聴いた。
鼻持ちならない音楽学生が楽譜を手に最前列で演奏者のミスを捜すのに集中している遙か後ろで、ボクは第3楽章の物足りなさを感じつつも、これは多分誰も潜れない深みにある何かを掴みに行くような演奏だと思った。
その時のメニューインもそれを手にはしていないようだった。
後にも先にも歌う楽器であるヴァイオリンをあんな厳しいテンションで聴いたのは初めての経験だった。
時は流れ、ボクは今、この曲を聴いていて、その時感じた作品の深さを今も満足させる演奏が見つかっていないことを思い知った。

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無伴奏ヴァイオリン・リサイタル

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