告別のソナタ：恐竜じじいになっても．．．：SSブログ

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告別のソナタ　[音楽] [編集]

副題付のピアノ・ソナタについてはあまり聴かない。
『田園』ソナタくらいかな。
『月光』も『悲愴』も『ワルトシュタイン』も『送葬』や『熱情』　についても正直言ってボクはいい聴き手とはいえない。
ボクのベートーヴェンは後期の27番から32番であり、ボクはそこから下って全てを聴いた。
第3番や第4番のブリリアントでエレガントな容姿から、第7番の長大な内省性を感じさせる語り口。
個々に耳を奪われるものはあるけれど、ピアノで具体化され、高度に組み立てられた室内楽のような魅力を持つものは少ない。

３大ソナタとか４大ソナタとかいって、名前の付いたピアノソナタが沢山リリースされている。
個々の曲はそれぞれ怜悧であったり、熱かったり、すばらしくはあるけれど、ある意味世界がかたまっていて、自由な想像が羽ばたくゆとりがない。
ボクはどうしても、その名前付のソナタの名前からもたらされる印象に縛られてしまい、自由な聴き方ができないし、例えば『月光ソナタ』といえば旋律が絵のように浮かび、それ以上の感受性を閉ざしてしまう。
ドビュッシーの『月の光』にはそれ自体具象的なあてはめの魅力と、ピアノの音色に顕れる色彩を捉え聴きわけるという楽しみがある。
むかし、名前がなかった時代、ライオンは深夜音もなく背後に忍び寄り、巨大で鋭い爪とアギトをもった悪魔のような動物だった。それが『ライオン』という名前で呼ばれるようになると、恐ろしくはあるが、最早それは魔法の世界の魔物ではなく、猫科の巨大な肉食獣として明確なイメージで捉えられるようになった。
名前による観念が定着すると人間はそれ以上の想像の世界を閉じてしまい、その名前に縛られた中で事物を理解するようになる。（誰かの受け売りです。開高さんだったか、夢枕さんだったか忘れたけど）
でも間違ってはいない。
現にボクは『悲愴』ソナタのあらゆる部分で悲愴であるというイメージを拭うことができず、聴く前に倦んでしまう。
唯一、この『告別』の第2楽章の世界が第27番意向のベートーヴェンの世界にあるものを想像させる。
でも、それはあくまで音の仕組みとして想起すると言うだけであり、旋律の副題への寄り添い方はここでも、踏み込んでみたい内省への道を閉ざす。
『不在』による寂寥感を表す音楽としてそれは、木訥で美しく、心情を表現している。
次の『再会』への歓喜が切れ目のない第3楽章への流れにこめられている。
『告別』はストーリーテラーとしてのベートーヴェンの音楽的才能を遺憾なく発揮している。
でも、もし、第２楽章に副題がなかったら、音楽のもつ意味を知ろうとするとびきり愉しい旅があるかも知れないのに…と残念でたまらない。

ぜいたく言ってるかね、ボクは。

ベートーヴェン／ピアノソナタ第26番変ホ長調op.81a　『告別』

第1楽章　アダージョ-アレグロ『告別』
第2楽章　アンダンテ・エスプレッシーヴォ『不在』
第3楽章　ヴィヴァーチシマメンテ『再会』