『牧歌的』とは思えないけれど [音楽]
アルベリック・マニャール/交響曲第3番変ロ短調op.11『牧歌的』
第1楽章 導入と序曲(適度な速さで-速く-導入のテンポで)
第2楽章 ダンス (きわめて速く-くつろいで-最初のテンポで)
第3楽章 牧歌 (適度な速さで)
第4楽章 フィナーレ(速く)
標題に引きずられている音楽ではない。
彼の作風にマーラーのイメージを持ったり、ブルックナーを思わせる旋律線の循環を聴き取ったりする向きもある。
でも、ここにあるものは寒色系の堂々たるスケールと厳粛さを持つフランスを代表するシンフォニストの作品である。
決して晦渋ではなく、テーマが回帰する部分のコントラバスの出方などはベートーヴェンを思わせるものがあり、オルガニックな音響の中に中低音と低音に分岐する渋い旋律が行き来する。
ついこの間第1交響曲を取り上げたとき、『フランス製のブルックナーはちょっと理屈っぽい』というタイトルを付けたけれど、ここには十分に成熟した管弦楽の結実が聴ける。
繰り出され、展開する旋律のどれもが陰影豊かであり、19世紀末の爛熟の中に溶け崩れるようなデカダンスはない。
そう。例えば似ていると言われるマーラーの触れれば鮮血が吹き出しそうな弦楽の緊張と退廃はなく、ひたすら音楽的であり、パテティックである。
第2楽章のダンスはそのもののイメージがほどよく処理され、舞曲として昇華され心が浮き立つ。
第3楽章の冒頭のオーボエの独奏パートのセピア色の回想の美しさが、交差する低音楽器の作り出すフォーマットに実にうまく乗って流れる。
情緒に流されることなく絶対音楽の規範に忠実であり、非常に説得力のある音楽です。
モデレを適度な速さと訳し、『適度』をどの速さに置くのか『牧歌的』になりえるかどうか微妙だけれど、フランク楽派、ダンディ楽派屈指のアンダンテでしょうね。
第4楽章のトロンボーンの独奏も印象的。
エンディングに向かう背後の弦楽のブルックナーのような森の響きは、決して夕暮れに沈み込んで行くのではなく、もう一度陽の光の中で雄々しく閉じる。
楽曲を書くことによって生活を維持していたかという点をプロの要件とするならば、彼は厳密に言えば作品20辺りまでは自費で出版しているわけで、プロフェッショナルとは言えないかもしれない。
なにしろ父であるフランソワ・マニャールは作家として、『フィガロ』編集主幹として突出した偉才であったわけで、その比護の翼は広大で、彼が拒むと拒まざるとに関わらず、彼を生活の苦難からは遠ざけてしまっていたことな想像に難くない。
でも、できあがった音楽はほとんどが高いレベルで均一化している。
聴き応えのある一曲です。
どの楽章もいいのですが、ここでは標題となっている第3楽章を
- アーティスト: Alberic Magnard,Jean-Yves Ossonce,BBC Scottish Symphony Orchestra
- 出版社/メーカー: Hyperion UK
- 発売日: 1998/10/27
- メディア: CD
アルベリック・マニャールという作曲家の交響曲、初めて聞きますが、旋律を浮き彫りにするテクニックには、何曲もの交響曲を書いたベテランのゆとりのようなものを感じるんですが。
決して4曲で終わって欲しくない、何かを感じます。
49歳で生涯を終えることがなければ、5番を超える数の交響曲を書いていたでしょうに・・。
by matcha (2010-07-22 21:17)
おはようございます。
先日はシナモンをありがとうございました。
今日の記事でご紹介させていただきました。
とってもうれしかったです。
↑マニアックな感じですね。
そらまめはオケに入ってましたが
この曲、初めて聴きました。
by そらまめ (2010-07-23 10:27)
matcha さん:コメント有り難うございました。
そらまめさん:気に入って頂けて良かったです。
アルベリック・マニャールは典型でないけれど、無視できない類型の中の一人です。
by Mineosaurus (2010-07-23 20:06)