日陰の大輪 [音楽]
ロベルト・シューマン/弦楽四重奏曲第3番イ長調OP.41-3
第1楽章 アンダンテ エスプレッシーヴォ-アレグロ モルト モデラート
第2楽章 アッサイ アジタート
第3楽章 アダージオ モルト
第4楽章 フィナーレ:アレグロ モルト モデラート
1842年。
32歳のシューマンはその後年に彼を苛んだ精神的病理の気配はなく、この年には室内楽の代表作であるピアノ五重奏曲やピアノ四重奏曲を含む5曲の室内楽が書かれている。
いわゆるシューマンの「室内楽の年」とか称される。
ピアノを加えた2曲に比べて音楽が外に向かわず、心裡で完結する弦楽の重奏は渋みが勝って取っつきにくいと思われる。
特に旋律線が細かく、各楽器の高低が幾重もの複雑な綾を織りなす四重奏曲のもつポリフォニックな世界は聴かないまま通り過ぎることが多い。
シューマンの弦楽四重奏曲も同じような扱いに甘んじている。
それでも、
華やかに降り注ぐピアノのグリッサンドがもたらす木漏れ日の中ではなく、日を大きく遮る音楽の太い幹の後ろ、日の当たらぬその幹に貼り付くように深く根ざした茎を持つ大輪。
ロマン派の重奏曲としてもっとも聴かれるべき音楽がこの作品である。
多分にもれず、シューマンの脳裏にもベートーヴェンの後期の影があり、明らかにその地平に深い爪先の跡が残っているけれど、仕上げられた作品は全く独自の魅力を持ったロマンティシズムに溢れている。
但し、めっちゃ複雑である。
第1楽章のアンダンテから空高く舞うのではなく、フロイトの夢の中で精一杯耳の高さまで跳び上がってそのまま陽と影が交差する木々の森を揺ったりと浮遊しているような音楽である。
次第に夢が現実に近づくように音楽は核を持ち始め、テーマが明らかになる。
ある意味ベートーヴェンの第9の序奏部やブルックナーの原始無のような幻想性が長調の伸びやかさの中で行われている。
ロマンティックであるが番縁の病的な陰鬱さはない。
シューマンは3曲の弦楽四重奏曲を作品41として全てこの室内楽の年に送りだしている。中でもこの第3番の完成度は評価が高い。
(でも、ボクは第2番が一番好きで、それは確かまだ記事にしないでいる。)
第2楽章は壁を隔てて本音を語り合っているような静けさと激情を孕んだ音楽。
旋律よりも心が前に出たようなベートーヴェン的な音楽と優美で感傷的な旋律が奇妙に繰り返しつつ舞う。素晴らしい楽章。
ベートーヴェンの13番や14番や15番のような「ここへ行きたい!」と窓を大きく開けて飛びだしてゆくような目的生はないけれど、音楽があるべき姿で完結する。音は古いけれど、YouTubeにイタリアSQの素晴らしい演奏があります。
第3楽章の幾重にも折り重なった旋律の流れと一聴統一性のない音楽の断片が様々な色合いで浮遊するアダージオは何度聴いても飽きのこない音楽です。
充実した意欲が華美を避け情動を排して作り上げたとても意志的な音楽です。
重音が構造の堅牢性を高める。
美しいとは言えないけれど、シューマンの室内楽の到達点を示す内省性を示すものです。
これに応答する第4楽章はこのアダージオ・モルトを支えるにふさわしい躍動と展開を持っています。
最後の記譜を終え、一仕事終えた時のシューマンは全ての楽章の混乱のない完結を確信したのじゃないかな。
大きなお世話だろうけど。
どの楽章も素晴らしいのですが、ここではイタリアSQがライブで演奏した第2楽章を
録音状況は余り良くないのですが、この演奏は素晴らしい。
String Quartet 1 / String Quartet 3
- アーティスト:
- 出版社/メーカー: Polygram Records
- 発売日: 1991/05/10
- メディア: CD
String Quartet Op 41 No 3 / Piano Quintet
- アーティスト:
- 出版社/メーカー: Hyperion UK
- 発売日: 2009/11/10
- メディア: CD
Schumann: String Quartet Op. 4
- アーティスト:
- 出版社/メーカー: Thorofon
- 発売日: 2009/11/10
- メディア: CD
コメント 0