Stairway to Heaven [音楽]
明日は田舎に帰る人をこの部屋から送ってゆかなければならない。
数年掛けた決意は突然の帰郷で砕ける。
狭いアパートの夜更けに、心と体が寝苦しくて窓を開けた。
思いの外冷えて涼しい風が暑熱を押しのけ、カーテンを巻き込んで入ってくる。
カタン、カタン、かたん
風に揺れている六角形の小さな走馬燈。
軒先に引っかけられたまま忘れられていた。
想いの籠もらぬ小さな箱は軽く、網戸の外枠にぶつかって乾いた音を立てている。
ざらついた唇にタバコをくわえ、
火を点けてみた。
星も見えない夜の小部屋で煙の見えないタバコは吸い込んでも何の味もしなかった。
伸び上がってベッドの飾り棚の上の小さなラジオを付けた。
聞き覚えのあるリードギターがドラムのリズムの上で啼いている。
シャウトする曲のターニングポイント。
「取って」
短くその人が言った。
網戸を開け
伸び上がってベッドの上から手を伸ばし、10日前に夜店で買った小さな走馬燈を隣の人に手渡す。
少し想いが入ったのか、思ったよりそれは重く感じた。
「灯くかしら…」
「灯くよ」
走馬燈の底を開け、倒していた小さなろうそく立て直し、ライターで火を付けた。
数瞬目をこらせば、一旦くるり、くるりと左に回った金具は、ゆっくり右回りに回り始め、暗闇の中に同時に赤と黄色、緑と水色の水玉の光が壁や本棚を斜めに照らしてまわりはじめた。
二人は黙ってその終わりのない光の流れを見つめていた。
ラジオから小さく聞こえてくる音楽のボリュームをボクは少し上げた。
Stairway To Heaven はもう裾野から天に向かって消えてゆくばかりだけれど、くるり、くるりと回る走馬燈の光が小さな部屋中に走るのを見つめ続ける頭の中ではその曲が終わることなく繰り返し聞こえていた。
「明日」という言葉はその響きだけでうつむいた顔を上げさせることがあるけれど、今日がどうしようもなく辛かったとき、思い悩む間もなく、気持ちを立て直す暇もなく、あっという間にやってくる。
ずっと以前不完全なまま放置した記事でした。
手を加えたリメイクです。
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