希有 [音楽]
ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第6番ヘ長調Op.10-2
第1楽章 アレグロ
第2楽章 アレグレット
第3楽章 プレスト
意地の悪い聴き方をするつもりはないけれど、ボクはベートーヴェンの初期の作品を聴くときよく第29番の各楽章を聴く。
裾野に立ったときの印象とその頂点近くの印象の違いがどれほどあるかと、最初は比べるつもりだったけど、最近はそうではない。
ベートーヴェンのコンセプトはこの作品10の2も作品29もさほど変わりはないように思う。
ただ、外に向かって広がっていた1798年には外からの音を断たれ、自ら育てた内的な響きの印象が奇蹟のように連鎖する20年間の熟成がないだけではないか。
彼の音楽は裾野の広さを感じない。
突然そびえ立った孤峰であり、最初から頂上まで太さも広さも同じまま高く聳えている。
そんなイメージがある。
最初から足りないものはなかったように、特にピアノ・ソナタではそう感じる。
熟成は高さとなって他と隔絶する。
己が表現者として他と区別化される強烈な信念と核心がほとんど物理的な衝撃を与える第29番のソナタの第4楽章の3声のフーガとこの第6番の若いソナタのフーガ的な第3楽章のソナタ形式の間には高さの違いはあっても志の大きさは変わらない。はじめっからベートーヴェンである。
第1楽章の軽味はあるけれど、ユニークで霊感が先走ったような旋律と構成。
何処がどうということはないんだけれど、様々な将来の作品の形が感じられる。
この第6番の先にある作品群をこの曲を作ったときのベートーヴェンですら知らないことを十分知ることができる現代のボク達にとっては、最初から他では聴けない過程を彼が持ち続けて行ったことをすでに知っている。
音楽そのものではなく、作曲者自身を思わずにはいられない。
第2楽章のアレグレットには舞踏的な要素があってスケルツォと取れないこともないけれど、そう固執すること自体現代の目に縛られているということなのかも知れない。
息を詰めて暗い室内から眺める曙の風景。山の端のわずかな隙間からこぼれる金色の夜明けの光が射し込むまでの人の匂いが眠ったままの部屋の次第に心と共に明るくなって行く有様。
そこから夢想したイメージが霧散するような見事なまでのプレストの前のめりのリズム。
こんな作曲家、他にいたかあ?
第2楽章多分ケンプの演奏なんだろう。グルダのアプローチとよく似ている。
Beethoven: Sonatas No. 5-7 Op. 10 No.
- アーティスト:
- 出版社/メーカー: Sony Bmg Europe
- 発売日: 2007/09/04
- メディア: CD
ベートーヴェン:ピアノソナタ第1番、第6番、第12番「葬送」
- アーティスト: ゼルキン(ルドルフ),ベートーヴェン
- 出版社/メーカー: ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル
- 発売日: 2001/12/19
- メディア: CD
ベートーヴェンは初期の作品からすでに
"ベートーヴェン"だったのですね。
さすがです!。
by SU-SAN (2012-11-11 06:55)