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音からの物語-舟歌 [音楽]





日暮て沈む陽の光が鏡のような水面にオレンジ色の時間を流し込む。
川べりに舫われたゴンドラの影が背後の建物の陰に溶け込んでゆくころ
ゆらゆらと一艘の小舟が風に押されながら河口に向かって流れてゆく
舫い綱が緩んで岸を離れたのか、塗りの剥げかかった小舟の船べりは
人の重さから解放された自身の浮力でゆっくりと風に追われて右に左に傾きながら滑ってゆく
昼間の温度を失ったそよ風は、ゆったりした運河の流れの面にトリルのような細かなさざ波を作る
それは風に送られる無数の小さな手になって
主のいない小さな船をかすかに揺すりながら運んでゆく
棹に操られる小舟がまだ周りを行き来するころ、その小さな船には若い男女の姿があった
櫂も棹もなく、ただ流れるままに下りながら、たまに行合う船からかけられる挨拶
返事をするのではないが、互いに頬寄せたまま、口元はにかんだような笑みを浮かべ
彼女はかすかに手を振った
そのかすかに上気した横顔を亜麻色の長い髪が風にほどけて降りかかる
若者の方に彼女の頭がゆっくりと落ち、目を合わせたまま短い言葉を口にする
やがて行き交う船の途絶えた黄昏れに
水音とともに大きく小舟は揺れ動いた
その後の静寂、風のトリル
今、左右どちらの岸辺に付くでもなく、夕暮れの中を漂う小舟にはもう、二人の姿はない
暮れて行く夕日が落ち切り川面の両側から夜が流れ込んでくる


メンデルスゾーンの49曲の無言歌の中で
 この一曲を聞いて水面に浮かぶ花弁が緩やかな流れの中を風にフルフルと回りながら流れ下ってゆく印象を持ったこともあった。
この曲の演奏はたくさんあって、それぞれ印象が違うのだけれど、この動画の中音のアクセントの付け方は均一で、淡々としている。それだけにタッチの余韻が感情を押し殺して切なげに消える。物語を音で紡ぐのではなく、
音の中に物語を思い浮かべられる演奏。今日はこの演奏がふさわしかった。

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   F.メンデルスゾーン/無言歌集抜粋




F.メンデルスゾーン/無言歌集 全曲 2枚組CD




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